陸路と海路の世界一周 世界遺産巡り

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今日はラトビアの首都リガに向かう。


7時の真っ暗なバスターミナルを出発。
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4時間半でリガに到着する。
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ラトビアで45ヶ国目だ。


雨が降っている中、宿に向かう。
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世界遺産の旧市街にある宿に荷物を置く。
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街を周る。
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風が強くて傘が役に立たない。
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昼食にラビオリを食べる。
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街並みの景色は良いが雨風が辛い。
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宿に戻って一休み。


昼寝をして起きたら18時だったので、レストランに向かう。
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ラトビアの伝統的なミートボールらしい。
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夜のリガを周る。
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世界遺産105号リガ歴史地区終わり。


ここで買ったビールの上もアルミで覆われていた。
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これがバルト三国の特徴なのかもしれない。

明日行くエストニアでも探してみようと思う。
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今日はリトアニアの首都ヴィリニュスに向かう。


ミンスクではものすごく霧が出ている。
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ミンスク駅隣のバスターミナルからヴィリニュス行きのバスに乗る。

国境では全員バスから降りて荷物チェックをし、パスポートコントロールを通るという中央アジア以来の本格的な国境越えがベラルーシからの出国、リトアニアへの入国共にあった。

国境越えだけで1時間以上かかったと思う。

出発から5時間でヴィリニュスのバスターミナルに到着。
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リトアニアで44ヶ国目だ。


ものすごく空腹だったのでケバブを買う。
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宿に向かう。
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宿は旧市街に入ってすぐだ。
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ヴィリニュスの旧市街は世界遺産だ。

街を周る。
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丘の上の城を目指す。
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ヴィリニュスの街が見渡せる。
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丘から降りるとユネスコマーク発見。
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宿に向かって戻る。
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宿で休憩した後、夕食に出かける。
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1リットルビールとスープを注文。
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そしてツェペリナイトというリトアニア名物を注文した。
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餅の中にひき肉が入ったものにクリームソースがかけてある。

これがかなりの量で帰り道はお腹が苦しかった。
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帰りにビールを2本だけ買う。
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缶の上にアルミを被せてあるのが珍しい。

世界遺産104号ヴィリニュス歴史地区終わり。


明日はラトビアに向かう。
3時頃に入国チェックのため起こされる。

昨日は3リットルビールを飲んだため、この時間に起きると頭が痛い。

久々にパスポートチェックだけでなく荷物チェックがあった。


入国審査自体は30分程度で終わったのですぐに寝る。

ミンスク駅に到着。
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ベラルーシで43ヶ国目だ。


5,000円程の現金を引き出そうと、ATMに向かう。

事前情報では5,000円は1,000,000ベラルーシルーブルだ。

ATMを操作すると、引き出す金額の候補が出てくる。

そこに示される数字は、10や50や100だ。

明らかに1,000,000なんていう数字を引き出せないような雰囲気だ。

とりあえず最小の10を選んでおく。

近くの売店で朝食のパンを買うと、値札に1.09と10,900の2つの数字が付いている。

どうやら最近デノミがあって通貨の数字が一万分の一になったようだ。

後で調べたら7/1にデノミがあったらしい。

さっき引き出した10ベラルーシルーブルは500円程度なので、追加で90ベラルーシルーブルを引き出しておく。


朝の9時なのにまだ薄暗い。
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予約した宿がどこにも見つからない。

予約した宿の場所には別の宿がある。
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予約した宿を探しているとiPhoneの充電が切れてしまったので、さっきの宿に宿泊することにする。

予約した宿を示す場所が間違っているのでキャンセルせざるを得なかったのにキャンセル料がかかるのが少し納得し難い。


ミンスクを歩く。
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昼食にレストランへ。
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色々周る。
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地下鉄で宿に戻る。
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少し休んでから夕食に向かう。
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ビールを買いにスーパーに行くがここで葛藤が生じた。

残金的に2リットルビールを買うと明日の朝食を食べられない。

1リットルビールは2リットルビールよりもコスパが悪く損した気分になる。

どうしたものかと10分程ビールの前で悩んだが、明日の朝食よりも2リットルビールを選んでしまった。
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明日はリトアニアに向かう。
今日の寝台列車でベラルーシに向かうため、時間までキエフを周る。
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世界遺産のベレストヴォの救世主聖堂だ。
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中には入れないし、観光客は誰もいない。


こっちも世界遺産ペチェールシク大修道院。
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ユネスコマーク発見。
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修道院内を周る。
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世界遺産103号キエフの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群及びキエフ・ペチェールシク大修道院終わり。


大祖国戦争博物館に行く。
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今日向かうベラルーシは日本人でもビザが必要なヨーロッパ唯一の国だ。

ベラルーシはヨーロッパの北朝鮮と呼ばれているらしい。

観光ビザを取るのはなかなか大変なようだが、トランジットビザなら即日発行してもらえるようなので、ベラルーシ大使館に向かう。


どこかのサイトにベラルーシ大使館に行くにはこの看板を右に曲がると書いてあったので従う。
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ベラルーシのトランジットビザを取るには、以下のものが必要だ。
・パスポート
・申請書
・写真
・ベラルーシに入国する交通機関のチケットのコピー
・保険

交通機関のチケットとパスポートさえ持っていれば、これらは全てベラルーシ大使館向かいの保険屋で手に入る。
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まずは奥の印刷室で写真を撮ってもらい、交通機関のチケットをコピーしてもらう。
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合計で57フリヴニャ(230円)程度だったと思う。


次に手前の保険屋に行く。
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日本語の申請書を渡されるので記入する。
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保険屋では申請書をのチェックをしてくれて間違いがあれば修正してくれる。

保険は50フリヴニャ(200円)だったと思う。


これで全ての書類が整ったので向かいのベラルーシ大使館に行く。
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他にもビザ申請者が何人かいたので自分の順番まで少し待ったが、書類を提出したらすぐにビザを発行してくれた。

ビザ代は無料だ。


保険屋に入ってからビザが発行されるまで1時間かかってないと思う。

これで今日ベラルーシに向かうことができる。

中央アジアの北朝鮮と呼ばれているトルクメニスタンのトランジットビザは申請から発行まで1週間かかる上に発行を拒否されることもあるようなので、同じ北朝鮮と呼ばれる繋がりでも全然違う。

それにしても○○の北朝鮮って誰が呼んでいるんだろう。

Wikipediaなら[誰によって?]と書かれるところだ。

なお、トランジットビザでは効果のある日から1ヶ月間のうち2日だけベラルーシに滞在できるようだ。

自分は首都のミンスクに行くだけなのでこれで十分だ。


チェルノブイリ博物館に行く。
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チェルノブイリ原発に行く前に勉強のため入っておきたかったが、キエフ到着日の日曜は休館日だったので、今日訪れることになった。


日本語の音声ガイドもあるが、これの出来が酷い。

音声を読んでいるのは日本人だと思うが、文章の途中で噛んだものがそのまま収録されているのだ。

「4号機のタービュッ………タービンでは」というように噛んで言い直したものをそのまま採用している。

しかもこの人が1分に1回は噛むので非常に笑えてくる。

そのためニヤニヤしながらチェルノブイリ博物館を周ることになってしまった。
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事故対応に関わった人達の写真がある。
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放射能マークが付いているのは放射線障害で亡くなった人らしい。

ここでも音声ガイドは噛みまくるので、非常に笑えてきてしまう。


事故後最初の記事は政府に校閲されて新聞の赤い場所のみだったらしい。
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チェルノブイリで原子炉が損傷、修復作業にあたっているという程度の内容だとか。

最初ソビエト政府はチェルノブイリ事故を隠したので近隣の住民の避難が遅れ、放射線障害が多くの人に出たらしい。

それを考えると福島事故はかなりオープンだったなと思う。


チェルノブイリ事故は隠されていたが、スウェーデンの原子力発電所で作業員の服に放射性物質が付着していることがきっかけで世界に知れ渡ることになる。

当初はその発電所で放射能漏れが起きたのではと騒ぎになったが、これが外部由来で当時の風向きからしてソ連内から来たものだろうということが判明。

そのことを追求されたソ連はこの事故を公表したということだ。


事故公表後のニューヨークタイムスでは大きく扱われている。
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石棺で埋められる前の4号機の写真だ。
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博物館を出てレストランに行く。
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1リットルビールを頼んだらサービスでスティックが出てきた。
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さらにサービスでカクテルとつまみが出てきた。
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これはホースラディッシュのカクテルだ。

西洋ワサビのことなので、ワサビ汁を飲むのと一緒だ。

辛くてむせてしまうが、なかなか美味しかった。


食事が到着。
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ウェイトレスは民族衣装を着ている。
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ハーフリットルのビールを追加。
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お腹が一杯になったのでキエフ駅に向かう。


キエフ駅でビールを飲みながら列車を待つ。
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小中学生の姉妹と仲良くなったので一緒に遊ぶ。
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男の子のヨーヨーが壊れてゴミ箱に捨てたので、ゴミ箱から拾って直したら喜んで持って行った。

もらって自分で遊ぼうと思ったのに。


列車が到着。
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部屋は4人部屋だが乗客は自分しかいなかった。
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テーブルの上のお菓子や飲み物はサービスなのか有料なのか分からなかったので手をつけられなかった。

紅茶を出してくれた。
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出発前にパスポートチェックがある。

国境までは4時間ほどかかるはずだが、ベラルーシに入るまでノンストップなのでキエフ駅でチェックされるということだ。

入国スタンプが無い理由を聞かれたが、ポーランドから列車で入国したが何故かスタンプを押されなかったと説明した程度で終了。

無事出国のスタンプを押してもらえた。


ミンスクには9時間後に到着する。
今日はついに念願のチェルノブイリ原発見学だ。

福島事故以来、(元)職業柄ずっと訪れてみたかったチェルノブイリ原発についに行ける。


クラクフの宿で一緒に飲んだポーランド人から「あの時語ったチェルノブイリの映画のURLを送るよ」とメールが届いていた。

メールによると彼とチェルノブイリやフクシマについて語ったらしいが、ストロングビールのせいでベロンベロンに酔っ払っていたので全く記憶が無い。

メールアドレスを知っているってことは名刺を渡したようだがその記憶も無い。

記憶を無くしても語るなんて、チェルノブイリ訪問は自分の中ではよっぽど大きな位置付けなんだろう。


チェルノブイリツアーは最も評判の良いSOLO EAST TRAVELに申し込んだ。

早めに申し込めば89ドルになることもあったようだが、自分は直前に申し込んだため159ドルもした。

ワルシャワキエフ間の夜行列車のチケットが買えるかどうかがポーランドに入るまで確定しなかったので直前にならないと申し込めなかったためだ。


7時半に集合場所に到着。
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まだ薄暗い。


集合時間の8時になる。

なんと自分以外にも日本人が二人いた。

一人は放射線科医の方で職業柄興味があったという。

もう一人はフランス在住の夫婦のうち奥さんが日本人だった。

やっぱり福島事故以来、日本人が増えているんだろうなと思う。


出発後2時間でチェルノブイリのゲートに到着。

放射線量はキエフと変わらず。
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ここでパスポートチェックがある。


ゲートを通った後、同意書のようなものにサインをさせられる。
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ツアーではすぐに原発に行くわけではなく、色々見所に連れて行ってもらえる。
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廃墟となった学校だ。
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野良犬が多い。
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ここからチェルノブイリの街だ。
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それぞれの段が10km圏内、30km圏内を示していて、小さな丸いものが事故の影響で強制退去となった集落を示していると言ってた気がする。
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これがそれぞれ強制退去となった集落の名前だ。
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立派な教会もあって、明らかに手入れされている。
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というのも、チェルノブイリの街には結構人が住んでいるようだ。

ゴーストタウンという感じではなく、少ないながらも人が住んでいるのがよく分かった。

あと野良犬が多い。


電柱に乗っかっている配電線を見ると二相で送っているように見えた。
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一番上の線は架空地線かと思ったので二相のように見えたが、よく見ると碍子が付いているので、一番上の線も配電線だ。

つまり、三相で送っていて架空地線が無いということだ。

チェルノブイリ内でも人の住んでいるような場所では架空地線はあったので、住民のいないこの辺りはチェルノブイリ事故のあった1986年からそのままなのかもしれない。


色々見所を周ってくれる。
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チェルノブイリ内の食堂で昼食。
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酒の提供は19時以降と書かれていたのでツアー用というわけでなく普段から営業しているようだ。


「世界人類が平和でありますように」を発見。
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日本でもたまに見かけるが何かの宗教に関するものだったはずだ。


ゲートを潜る。
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ここに来てやっと放射線量がキエフよりも高くなった。
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今までずっとキエフと変わらなかったので少し残念に思っていたところだ。


設備を見るが何なのか分からない。
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これが何なのか聞いたところ軍のレーダーとのことだった。

ゲートを潜ったのでチェルノブイリ原発に入ったのかと思ったが、関係の無い施設だった。

電力関係だとすると分からない設備はよっぽど無いはずなのでおかしいと思っていた。


また廃墟へ。
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ここは雰囲気を出すために人形が置いてある。
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狙いすぎだとは思うが、この人形のおかげで悲惨さが伝わってくる。


ホットスポットで線量を調べると今までの10倍以上だった。
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ただ、地面から遠ざけると一気に今までの値に戻る。

放射性物質は地面にあって放射線量は距離の二乗に反比例するので当然の事だが、その地面の値だけを持ち出して不安を煽る人間が福島事故の直後にたくさんいたことを思い出す。

なお、この放射線量の場所に一年中裸でいても何の問題も無いような値だ。


送電線が見えて来た。
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チェルノブイリ原発に近づいていることを実感する。


事故のあった4号機が見えてくる。
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放射線量も高くなってきた。


4号機に一番近づける場所に到着。
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ついにここまで来た。

これが原発事故の象徴かと思うと感慨深い。


事故対応のモニュメントがある。
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4号機を固めている石棺は老朽化が激しく、更にそれを覆うためのシェルターを建設中だ。
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来月末にはシェルターをスライドさせて4号機を覆ってしまうらしい。
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つまり4号機が見られる最後のチャンスだったということだ。

このタイミングで来たおかげで4号機とシェルターの両方を見られたので非常に運が良い。


放射線量はホットスポットの地面に近づけたのを除くと今までで一番高いが、この値でも裸で一年中ここにいても問題の無い値だ。
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ただ、距離の二乗に反比例という性質を考えると、4号機に近づけば近づくほど爆発的に放射線量は上がるはずなので、これ以上近づくと危険になるんだろう。

ちなみにさっきのホットスポットと同じオーダーの値だが、さっきは意図的に放射性物資に近づけた値なのに対し、こちらは通常の空中での値だ。

そのため、さっきのホットスポットがここと同じ程度危険だと考えるのは大きな誤りである。

放射能の力はこっちの方が何億×何億倍も高い。

福島事故直後はこれを同一視するような悪意とも取れるレベルの錯誤により不安を煽る行為が多々見られた。


近くのプリピャチという村へ。
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ここが最も被害が大きく、ゴーストタウンになっている。
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この遊園地の開園5日前にチェルノブイリ事故が起きたので、オフィシャルには開園できなかったそうだ。
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ただ、プレオープンをしていたので、ネット上で探せばここが動いているときの写真があるらしい。


ここはオープンできなかったサッカー場らしい。
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フィールドは木で生い茂っているが、事故後30年でここまでなるものかと驚いた。
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スポーツセンターの成れの果てだ。
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最後に学校に案内される。
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ガイドからは「ゾンビに気をつけて」と言われる。


ガスマスク、人形、教科書が雰囲気を出している。
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この中で少なくとも教科書は外から持ち込まれたものだ。

中学生レベルの数学の教科書から絵本のような教科書まであるので、同じ学校で使われるものとは思えない。


最後に線量チェックをしてチェルノブイリを後にする。
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このツアーは本当に行った価値があった。

この旅の中で行ったツアーでは最もおすすめ出来る。

特に廃墟マニアにとっては最高だろうと思う。

ただ、もうすぐ4号機がシェルターに覆われてしまうのが残念だ。


今後フクシマも同様の観光地になって世界中から観光客が訪れることになるのかもしれない。

その時には絶対に自分も訪れようと思う。


これでユーラシアの最西端ロカ岬からチェルノブイリを目指して東に進む旅も終わりだ。

今後は北上した後西に向かって、ヨーロッパ最後の地ロンドンを目指す。

明日はもう一度キエフを周る。
寝ていたら部屋の灯りが点けられて目が覚める。

時間は0時前だ。

ポーランド側の国境の審査のようだったが、パスポートチェックも無く終了。

ウクライナ側の国境駅でもパスポートチェックも無く終了。

当然どちらのスタンプも無いので、シェンゲン圏から出た証拠が無い。

シェンゲン圏には90日しか滞在できず、既に71日滞在しているので残りは19日しかない。

その残り少ない滞在日数がどのような扱いになるのか分からないのが少し不安だ。

まあ、今から19日後にはアフリカに入っているはずなのでオーバーステイにはならないと思うが。


翌朝目覚めると9時過ぎだった。

ウクライナ時間は1時間早いのでポーランド時間だと8時だ。

それでも自分にとってはよく寝た方だ。


定刻通りにキエフ駅に到着。
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ウクライナは3ヶ月前にオデッサに行ったので2回目だ。

オデッサからヨーロッパに入ったので、もう3ヶ月もヨーロッパにいるということになる。

これは飽きる訳だ。

キエフにはチェルノブイリ原発を見学するために訪れた。

職業柄ずっとチェルノブイリ原発を見てみたかったのでこれが非常に楽しみだ。


宿に荷物を置く。
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今日はキエフを周るが、明日のチェルノブイリのためにすることが一つある。

チェルノブイリを見学するためにはツアーの参加が必須だが、これにドレスコードがある。

ノースリーブのTシャツ禁止、ショートパンツ禁止、サンダル禁止だ。

自分は今までずっとサンダルで旅行をしていて、サンダルしか持っていないので靴を買わなければならない。

サンダルだと既に足が痛くなるほど寒いが、今後北上して更に寒くなるので靴を買う良い機会だ。

しかしアフリカに行く頃には不要になるためすぐに捨てるつもりなので、できるだけ安い靴を買うというのが今回の目標だ。


靴屋を探しつつキエフを周る。

佐村河内発見!
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こんなところで活躍しているとは。


キエフの教会はカラフルだ。
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キエフの世界遺産の一つ聖ソフィア大聖堂に到着。
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ユネスコマーク発見。
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一番安いチケットを買ったら、聖堂内部には入れなかった。


キエフを周る。
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露店でパンを買う。
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英語が全く通じないのはギリシャに入って以来だと思う。


色々周るがどこにも靴が売られていない。
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こうなったらショッピングモールに行こうと思い、地下鉄に乗る。
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やはり旧ソ連の地下鉄らしく、妙に深い、エスカレーターが早い、装飾が豪華という特徴は健在だった。


ショッピングモールを周るが安い靴が無い!
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一番安くて1,500フリヴニャ(6,000円)程度だが、一ヶ月以内に捨てるつもりの靴にそんなお金は使いたくない。

ウクライナ人の平均年収的にもっと安い靴はあるはずだ。

そういえばキエフ駅北西側は治安が良くなさそうだったので、安いものが売られていそうだと思い向かうことにする。
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キエフ駅近くの露店で95フリヴニャ(400円)の靴を発見。
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自分が探し求めていたものはこれだ!


靴を探していたら暗くなってしまったので、キエフにある残り2つの世界遺産は翌々日に行くことにする。


夕食に寿司を買う。
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カザフスタンと同じでチーズの入った寿司だ。

ビールを寿司を買って宿に戻ると、この宿は酒を飲むのは禁止だと言われる。

今までで最悪の外れ宿だ。

仕方がないのでバルコニーで飲みながら食べるが非常に寒い。
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明日はチェルノブイリ原発見学だ。
今日はポーランドの首都ワルシャワに向かう。

移動日に限って晴れている。
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クラクフ駅から列車に乗る。
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3時間でワルシャワ駅に到着。
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ワルシャワに着くと曇っていた。


歴史的な建物もあれば近代的な建物もある。
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ワルシャワ旧市街は世界遺産だが、戦争の傷跡から復興させたこと自体が評価されたらしい。


旧市街に向かう。
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この教会にはショパンの心臓が収められている。
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この辺りから旧市街だろうか。
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塔に登って旧市街を見渡す。
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ユネスコマーク発見。
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この景色の復興前の写真があったので見比べる。
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少し歩くと旧市街から出てしまう。
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少し離れた場所にキュリー夫人の生家があって、現在は博物館だ。
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戦争のモニュメントがある。
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夕食にレストランに寄る。
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1リットルビールがある分かっているレストランだ。
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世界遺産102号ワルシャワ歴史地区終わり。


今日は夜行列車でそのままウクライナのキエフに向かうのでビールを買っておく。
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キエフはかなり遠く、到着まで17時間もかかる夜行列車だ。
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ビールを飲みながら小説を読んでいたらいつの間にか寝てしまった。
今日はアウシュビッツ強制収容所の見学に行く。

アウシュビッツは負の世界遺産の一つだが、この負の世界遺産という分類は日本人が勝手に呼んでいるらしい。


前日に宿でツアーを申し込もうとしたところ英語のツアーは満員だと言われた。

なので自力で行こうとしたら、最近アウシュビッツ強制収容所の入場券は完全予約制になっており、今日の分は既に売り切れていた。

そこで旧市街にたくさんある旅行会社にアウシュビッツツアーの空きが無いか聞いて周ろうかと思ったところ、1件目で英語のツアーに空きがあった。

入場券は旅行会社別に枠を持っているので、個人で入れない時にはツアーに頼るのが良い。


アウシュビッツツアーは11時過ぎにスタートだ。

昨日のストロングビールのせいで二日酔い気味なので遅い出発が嬉しい。

ツアーで食事は出ないだろうからケバブを食べておく。
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出発から2時間でアウシュビッツ第一収容所に到着。
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これは「働けば自由になる」という意味の言葉が書かれている。
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二文字目のBが逆さになっているように見えるが、これは製作者がナチスが掲げたこの言葉に対する皮肉だという説があるようだが、実際には単純に当時の流行りの書体だったらしい。


いつもは憂鬱な雨も、収容所の陰鬱な雰囲気には合っている。
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この缶から出るガスによって処刑をしていたようだ。
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遺留品がたくさんある。
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収容所へ入れられた人の90%以上が死んだらしい。

そもそも収容所到着直後の選別によって労働力として使えないと判断された70%の人が即ガス室行きだったらしい。

収容所を周る。
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この壁の前で何人も銃殺刑が執行されたらしい。
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この広場で絞殺刑が行われたと言ってた気がする。
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これらは見せしめのための処刑で、大半はガス室で処刑された。


この処刑台でアウシュビッツの所長が処刑された。
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復元されたガス室に入る。
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次にアウシュビッツ第二収容所へ。
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第二収容所構内まで鉄道が延びていて、世界各地からここまで囚人を運んできたようだ。
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崩れているがガス室跡だ。
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慰霊碑がある。
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囚人たちの住んでいたバラックだ。
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世界遺産101号アウシュヴィッツ・ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所終わり。


クラクフ戻ると19時近いので夕食を食べる。
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昨日の反省を生かし、ストロングビールは買わなかった。
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昨日のポーランド人は相変わらずストロングビールばかり飲んでいて、そんな学生が飲むようなビールじゃなくてストロング飲もうぜと言ってくる。


明日はワルシャワに向かう。
列車は30分遅れでクラクフ駅に到着した。
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42ヶ国目のポーランドだ。


宿に荷物を置く。
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宿近くにあるクラクフ旧市街は世界遺産だ。

早速クラクフ旧市街を周る。
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織物会館の中は土産物屋で一杯だ。
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クラクフ城に行く。
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世界遺産99号クラクフ歴史地区終わり。


昼食はケバブだ。
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ビールを買っておけば良かった。


クラクフ近郊にはヴィエリチカ岩塩坑という世界遺産がある。

午後から行こうと思いネットで情報を調べると、ヴィエリチカ岩塩坑の入場チケットは事前予約制で当日の分は既に売り切れらしい。

困ったなと思い宿のレセプションに相談すると、ツアーなら行けるとのことなのでそれに参加することにした。

ヴィエリチカ岩塩坑は1978年ユネスコに最初に世界遺産登録されたものの一つなので、最古の世界遺産とも言える。


ヴィエリチカ岩塩坑に到着。
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ボロボロのユネスコマーク発見。
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さすが最古の世界遺産なだけある。


60mの階段を下る。
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岩塩採掘の様子が人形で再現されている。
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岩塩坑には岩塩で作られた彫像がある。
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床も壁も岩塩なので舐めるとしょっぱいらしい。


塩が出てきている場所もある。
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カリフラワーに似ているからカリフラワーソルトと呼ぶらしい。


壁に使われている木材が塩に侵食されている。
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どんどん奥に進んで行く。
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教会がある。
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シャンデリアの装飾は塩でできているらしい。


大広間に出る。
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岩塩で掘られた最後の晩餐。
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既に深さは100mを超えている。
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土産物コーナーでユネスコマーク発見。
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最後に教会がある。
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外に出るとすっかり日が暮れていた。
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世界遺産100号ヴィエリチカ岩塩坑終わり。


クラクフに戻って街を歩く。
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レストランに入る。
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ベジタリアンの店だった。


宿に戻ってビールを飲んでいるとポーランド人のおっさんに絡まれる。
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一緒に飲んでたらつい4本とも空けてしまった。

少なくとも一本は明日の分にしようと思ってたのに。

黒い缶のビールがストロングビールだったのですっかり酔っ払ってしまった。


明日はアウシュビッツ強制収容所の見学に行く。
今日はチェコの首都プラハに向かう。


ウィーンからバスに乗る。
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4時間半でプラハ駅に到着。
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チェコで41ヶ国目だ。


地下鉄で旧市街へ。
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早速レストランに行く。
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席に着いた瞬間に注文していないのにビールが運ばれてくる。

チェコ料理を注文。
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ビールが無くなると注文してなくてもお代わりが運ばれてくる。
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ここは天国か。


軽く酔っ払いながら旧市街を周る。
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ここはコンサートで有名な場所だが、コンサートチケットが1,000コルナ(4,000円)もするので入らなかった。
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引き続き周る。
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タイマッサージの店でなぜかピカチュウ。
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久々に晴れているので歩き周るだけで気分が良い。
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この川がスメタナの曲で有名なモルダウだ。
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街中でもモルダウを演奏している人がいたので、この街のテーマソングになっているんだろう。


プラハ城に行く。
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プラハ城から出てトラムに乗ると、行き先を間違えてしまう。

そのおかげで夕暮れのモルダウを見られた。
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丘の上の塔に登る。
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夜のプラハを歩く。
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夕食にレストランへ。
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注文した料理は昼食に似ていた。
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チェコ料理はこんなのが多いのか。

このパンはタコ焼きのような味がした。


世界遺産98号プラハ歴史地区終わり。


今日はこのままポーランド行きの夜行列車に乗るのでプラハ駅に行く。

プラハ駅では50コルナ(200円で)シャワーを使うことができる。
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夜行列車に乗る旅行者にとってこれは嬉しい。


シャワーを浴びてからビールを飲みながら列車を待つ。
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飲んでいると尿意が襲ってくる。

列車内でトイレに行けば無料なため、トイレ代の20コルナ(80円)をケチるために尿意を我慢していると、いつの間にか自分が乗るプラットホームの番号が表示されていた。

ヨーロッパの鉄道の多くは列車の到着直前にならないと、どこに目的の列車が止まるのか分からないようになっている。

これは、日本とは異なり行き先別にプラットホームが固定化されていないせいだろう。

大抵は出発15分前にならないと表示されないのに、40分前の今表示されている。

この列車より出発時刻が前のものでプラットホームが表示されていないものもある。

これはしめた!と思った。

これは始発駅がこの駅だということで、既に待機している可能性が高い。

期待を込めて指定のプラットホームに行ってみる。

列車がいた!
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これでトイレに行ける!と思って、車両前に待機しているスタッフに携帯にダウンロードしておいたeチケットを見せた。

すると、国際列車はeチケットではだめだから印刷してこいと言う。

そんなことは明記されていないし、eチケットは2次元バーコードもあって確実にそのまま使えそうに見える。

抗議をするもラチがあかないのでチケットオフィスに行くことにする。


チケットオフィスで国際線受付に行く。

状況を話すとここでは発券できないと言う。

どこで発券できるんだと聞くが、そんなこと知らないからどこかでそのチケットを印刷してこいと言う。

どこで印刷できるのかと聞いても知らないの一点張りだ。

この受付の男は非常に態度が悪かった。


一旦チケットオフィスから出て印刷できそうな場所を探すも見つからない。

出発まで残り20分。


チケットオフィスで対応できないはずがないと思い、もう一度チケットオフィスに戻り別の窓口の女性に状況を説明すると、オフィス内のインフォメーションに行けと言う。

インフォメーションに行って状況を話す。

すると自分の後ろに並んでいた二人が同じ状況だった。

彼らもやっぱりそんなルール知らないし、eチケットで良いと思っていたらしい。

インフォメーションではどこかに電話で予約番号を連絡していたが、やがてプリンターに自分のチケットが印刷された。

それをもらって列車に駆け込む。

残り時間10分を切っていた。

たまたま自分は始発なので良かったものの途中乗車なら乗車拒否されて終わりだ。

チケットオフィスにいた5分程度の間でも2人も同士がいたくらいなので、絶対に同様のトラブルが山のように起きてるはずなのになぜ改善しないんだろうか。

それにしても最初に対応したチケットオフィス受付の男はカスすぎる。

インフォメーションに行けと言うことすらできないくらいなので本当にレベルが低い使えない男だ。

その割に態度が大きいのがイラっとした。

あの男が最初からインフォメーションに行くように言っていれば発券までの時間を5分弱短縮できたはずだ。


車両に乗って自分の寝台に行くと既に占領されていた。

話をするとイギリス人の5人組(部屋は6人部屋)で旅行会社で予約したので、この部屋は貸切だと思っていたと言う。

自分の寝台にいた青年に本来の場所に移ってもらい、やっと自分の寝台に入ることができた。

これでやっとトイレに行ける。

トイレでスッキリしたので最後のビールを飲む。
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その瞬間列車は出発した。

結構ギリギリだったんだなと実感する。

寝台列車に乗るだけでこんなに大変だったのは初めてだ。


イギリス人達はお詫びにとウイスキーを勧めてきたが、絶対に酔っ払うので断った。

それどころか最後のビールだけでも酔いつぶれたのとトラブルを切り抜けた安堵感からかいつの間にか寝てしまった。
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