陸路と海路の世界一周 世界遺産巡り

世界遺産を巡りつつ世界一周するブログ

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ←世界一周ブログランキングに登録してみたので気が向いたらクリックして下さい
にほんブログ村
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
眼が覚めると9時過ぎだった

いつも5時に眼が覚める自分としては珍しい

相当疲れていたようだ


部屋には新聞が届いていた

20160317103949090.jpeg



なんとザビエルのミイラのことが記事になってるではないか

ミイラ公開の初日が前日の11/22だったので、丁度新聞記事になるタイミングだったということだ

これはいい土産ができたと思い、日本まで持って帰ることにした


ザビエルの眠るボンジェズ教会はホテルから10kmほど離れているオールドゴアにある

ホテルはゴアで最も大きな町パナジなので、パナジを散策した後にオールドゴアに向かうことにする

パナジの名所のパナジ大聖堂に行ってみた

20160317103951b76.jpeg



日曜の午前なのでミサをやっていて中には入れなかった

20160317103951f7d.jpeg



他にも教会がいくつかある

20160317103953ee9.jpeg



ゴアはキリスト教徒が多いらしいが、ザビエルの布教の成果なんだろう

ゴアにはカジノがある

20160317103954d21.jpeg



前日の深夜はかなり盛り上がっている様子だったが朝は開いていないようだ


歩き疲れたのでリクシャーでオールドゴアに向かうことにする

20160317104012e88.jpeg



リクシャーは人力車を語源とする三輪のタクシーだ

昔は人力車と同じ構造だったようだが、現在はエンジンで走るためオートリクシャーと呼ばれている

ゴアは暑いためリクシャーの風が心地よい

オールドゴアに到着

20160317104013be7.jpeg



ここの教会群が世界遺産に登録されている

屋台でミネラルウォーターを購入

インドでは落ちてたペットボトルにその辺の水を入れて売ることがよくあるらしい

屋台では新品のミネラルウォーターを並べているが、注文するとクーラーボックスからペットボトルに詰めた水を出してくる

ここでは1回目は交換をお願いしたが、2回目はペットボトルが綺麗だったので新品だと思い買ってしまった

フタを開けた時に新品特有の感覚が無かったのでこれもダメだと気づいたが、冷えてて美味しそうだったのでそのまま飲んだ

駅で新品が10ルピーで買えるのに、これは20ルピー(40円)だった

水を飲みつつ歩き、ボンジェズ教会に到着

20160317104014252.jpeg



しかしザビエルのミイラを公開している場所はここでは無いらしい

隣のセ・カテドラルという聖堂に行けと言われたのでボンジェズ教会より先に行くことにする

20160317104015abd.jpeg



ザビエルを見るための列に並ぶ

20160317104017396.jpeg



途中でザビエルの功績がパネル展示されている

201603171040419e9.jpeg



これは日本で布教をした時の様子らしいが、あまり日本らしさがない

ザビエルのトレードマークのあの髪型はしていない

20160317104042bb9.jpeg



あれはザビエルの死後100年程度後にキリスト教徒の中で流行した髪型で、日本で有名なザビエルの絵は、その髪型が流行している時に描かれたザビエルの想像図なので、ザビエルは決してあの髪型になったことは無いらしい

30分ほど並んで聖堂に到着

20160317104044172.jpeg



聖堂の中は写真撮影禁止だった

ライフルを担いだ警官がたくさんいてこっそり撮影することもできそうになかった

ザビエルのミイラは伝説通り、右腕と右足の指二本が無かった

ザビエルの右腕は死後60年後に切り落とされて、現在はマカオとイタリアの教会にある

ミイラになっていたのに、切り落とした時に血が流れ出たという伝説がある

ザビエルのミイラは昔は常に展示されていたが、ある時熱心な信者が右足の指を食いちぎって持って帰ってしまったらしい

その事件以降、10年に一度しか公開しなくなったようだ

聖堂の出口には簡易的な土産物コーナーができていた

ザビエルの写真を撮れなかったため、売っていた写真を買った

1枚10ルピー(20円)

20160321174934850.jpeg
201603211749350c4.jpeg



記念にザビエルメダルも買った

20160321174936859.jpeg



たしか500ルピー(1000円)で、50ルピーあればまともな食事ができるインドにしては非常に高い

写真はよく売れていたが、メダルを買っている人はいなかった


ザビエルのミイラを見たことに満足して、聖堂を後にする

日本人を全く見かけなかったのが意外だった


ボンジェズ教会に行く前にレストランに寄って昼食を食べる

モツを煮込んだもので、ビールと相性が良かった

20160317104045369.jpeg



ボンジェズ教会の周りでもザビエルの功績を紹介していた

201603171040478e3.jpeg



ボンジェズ教会に再び到着

20160317104105461.jpeg



ここは中を撮影することができた

20160317104107860.jpeg



普段はこの中にザビエルのミイラが安置されていて中は覗けないようだ

20160317104108f0c.jpeg



ザビエルの人形が至る所にあり、まさにザビエルのための教会といった感じだ

20160317104109595.jpeg



近くに博物館を兼ねた教会があるので寄ってみる

20160317104110c5c.jpeg
2016031710412493c.jpeg



ここでもザビエルの展示があった

2016031710412689f.jpeg



オールドゴアはザビエル一色だった


ザビエルのミイラや教会を見られて目標を達成したのでゴアを後にする

リクシャーで空港まで行き、飛行機でニューデリーに向かう

ニューデリー空港に着いたのは22時頃でタクシーでホテルに向かい、ホテルに着いたのは23時頃だった

2016031710412603b.jpeg
201603171041270d9.jpeg



夕食を食べていなかったので外でレストランを探すが、近くに無い

夜中のニューデリーで遠出するのは怖かったので夕食は諦めることにした

中国東方航空の機内食で出たクラッカーを持っていたので、それだけ食べて就寝した
スポンサーサイト
エレファンタ島に着くとすぐに長い線路が見えてくる

20160314063925c8c.jpeg
20160314063926a2a.jpeg



観光用の小さな汽車が走ってるからだ

20160314063927431.jpeg



島の至る所に野良牛や野良猿がいる

201603140639295d5.jpeg
20160314063930fd2.jpeg



エレファンタ島で世界遺産になっているのはエレファンタ石窟群という、シヴァ神の彫刻がたくさんある洞窟だ

石窟群の入場料はインド人は10ルピー(20円)なのに、外国人は250ルピーもする

2016031406395032b.jpeg



これ以降、インドのほとんどの観光地で同じような値段設定だった

洞窟に到着

2016031406395132f.jpeg



中にはシヴァ神の彫刻が至る所にあり、その荘厳さに背筋が冷たくなった気がしたが、洞窟内の冷気で外より涼しいというだけだろう

20160314063955a7a.jpeg
20160314063952ad1.jpeg
20160314063953c98.jpeg



洞窟は全部で5つあるが、1つ目の洞窟が一番規模が大きく、他の洞窟はほとんど同じような内容だった

5つの洞窟を全て見たが、途中で犬と猿が喧嘩してたのが一番面白かった

生まれて初めて生の犬猿の仲を見た気がする

20160314064016a5b.jpeg



あまりにも暑いので、カフェでビールを飲む

インドでは最も有名なキングフィッシャーだ

2016031406401781c.jpeg



ヒンドゥー教では人前でアルコールを飲むのがはしたない行為だと聞いたことがある

そのためかメニューにはアルコールが載っていないことが多いが、注文すると出てくることが多い

中国東方航空では、中部国際空港から青島に向かう途中でしかビールをもらえなかったので、24時間以上ぶりのビールになる

インド南部の孤島の熱気の中で飲むビールは身体中に染み渡り、生きているということに感謝したくなる


帰りは汽車に乗った

20160314064017291.jpeg



そして船に乗ってムンバイに帰る

インド門に戻った頃には日が暮れかけていた

20160314064020a67.jpeg



次は飛行機で今回の旅の最大の目的地であるゴアに向かう

ゴアには23時着の予定だったが、飛行機が遅れて翌日の1時に着いた

空港からタクシーで予約していたホテルまで行ったが、ホテルは真っ暗になっている

入り口前で警備員が寝ていたので、タクシーの運転手が起こしてくれて、なんとかチェックインすることができた

20160314064020864.jpeg



時間は既に2時を周っている

日本を出てから2日経過して、初めてまともなベッドで眠れる

シャワーを浴びてベッドに入ったら一瞬で寝入ってしまった


日本を出てから24時間以上かかって、ようやく最初の観光地のムンバイに着いた

20160313073803920.jpeg




コルカタからザビエルの眠るゴアに向かう直行便が無かったため、ムンバイを経由し、せっかっくなので観光しようというのがムンバイを訪れた理由だろう

世界史でボンベイ、マドラス、カルカッタと習った気がするが、その五感の良さに音だけ覚えていて内容は全く覚えていない

そのボンベイがムンバイで、カルカッタがコルカタのはずだが、マドラスはどこなのか知らない


インドの通貨ルピーを持ってないので両替しようと思ったが国内線ターミナルなので両替屋が無い

また、コルカタの空港では早朝だったこともあり両替屋が開いていなかった

日本で当時の上司に300ルピーほどもらっていたので、そのお金でタクシーに乗り街中まで行くことにする

街中まで行けば両替屋くらいあるだろうと思っていた

チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅に着いた

20160313073804de3.jpeg




世界遺産なだけあってかなり立派で、現在も運用されている駅だ

当時はザビエルにしか興味が無かったので、外観の写真を撮っただけだったが、今思うと中に入っておけばよかった


日本を出てから中国東方航空の美味しくない機内食しか食べてないので、両替屋を探しつつレストランに向かう

地球の歩き方によるとそんなに遠くない場所に評判の良いレストランがあるらしい

しかし、行けども行けども両替屋は見つからず、結局銀行で両替した

為替レートよりも10%程度悪かった

銀行での両替なんて最悪に近い方だがほとんどルピーを持っておらず、背に腹はかえられなかった


ルピーも手に入ったことだしレストランに向かう

途中、何人かの怪しいおっさんから「コニチハー」と片言の日本語でやたら声をかけられる

どうやら地球の歩き方を片手に歩いていたかららしい

地球の歩き方がカモの証であるということをこの時初めて知った


レストランに着いたのでやっとまともなご飯が食べられる

201603130738050b7.jpeg




ナンとチャパティとマトンのカレーを注文したんだったと思う

手で食べる料理なのにお手拭きは出てこない

持っていたウェットティッシュで手を拭う

この時、ウェットティッシュの素晴らしさを初めて実感したが、これ以降もいろんな場面でウェットティッシュの恩恵を受けることになる

カレーは非常に辛かったが、かなり美味しかった

20160313073809708.jpeg




満腹になったので観光を再開する

レストラン近くに名所のタージマハルホテルとインド門があって、規模の大きさに圧倒される

20160313073808efe.jpeg
20160313073840da7.jpeg




タージマハルホテルは1泊3万円するらしい

その近くの港から船で有名な島に行けるようなので行くことにする

201603130738420d0.jpeg




その島はエレファンタ島といい、これも世界遺産だ

船に乗るとタージマハルホテルとインド門が一望できる

20160313073845b45.jpeg




ムンバイはかなり暑いので、船上の風がかなり心地よい

エレファンタ島に向かう途中、軍事用の島があった

撮影禁止とアナウンスされた気がしたが、当時は今よりもっと英語が分からないので知らないフリして撮ってしまう

201603130738460a6.jpeg




1時間弱でエレファンタ島に到着

20160313073859c0d.jpeg





2016年9月10日にフランスのボルドーで開催されるメドックマラソンに申し込んだ

世界一周の途中でボルドーに寄って参加する予定だ

仮装が義務付けられていることと、給水所にワインがあることで有名なマラソンだ

そんなマラソンなので、公式キャラクターもこんなのだったりする

2016031215494965d.gif




3月上旬に申し込み開始ということしか公開されてなかったので、今日3月1日は10分おきにサイトにアクセスしてた

日本時間18時、現地時間10時に申し込み開始になったので、すぐに予約開始

無事にマラソン参加と前夜祭と翌日のウォーキングアンドランチの予約完了

19時、20時は重くてアクセスできなくなっていたので、18時に申し込めてよかった

申し込みの方法は気が向いたらまとめようかと思う
ついにインドで人生初のバックパッカーをする日が来た


飛行機を自分で手配するのは初めての経験だった

中部国際空港からインドのコルカタ往復の中国東方航空の航空券をskyscannerで購入した

往復3万円台と破格だったので飛びついたが、これがいけなかった

値段だけを気にして、乗継回数や到着時間を気にしていなかった

空港に着いてからよく見てみると乗継回数2回、コルカタまで3回も飛行機に乗ることになる

コルカタまでの時間も20時間程度かかるようだった


航路は、名古屋→北京※→昆明→コルカタ

しかも北京行きの便には「※経由便です」という謎の記載がある

コルカタに着くまでの行程と意味不明な記載に不安を覚えつつも、行くしかないので搭乗した

そして、すぐに経由便の意味を知ることになる


最初は北京行きの便のはずが、なぜか青島に着いた

経由便とは、青島を経由して北京に行くという意味だったのだ

そして青島で一回降ろされ、中国での入国手続きをして、また同じ飛行機に乗って北京に向かうという非常に面倒な便だった

これは乗継をするのと変わりがない

結局、コルカタまで3回も乗継が必要ということだった


その後、北京で昆明行きの飛行機を待つが、全然来ない

昆明での乗継時間が2時間しかないのに、北京出発が2時間遅れた

当然、昆明到着も2時間遅れた

どうなるものかと思って飛行機から降りたら、コルカタ行きという紙を持ったCAが待っていた

そのCAのところに行ったところ、コルカタ行きは自分ともう一人のインド人だけとのことだった

コルカタ便の出発まで時間がないので、その3人で空港の中を走ることになる

5分程度重いバックパックを担いで疾走し、汗まみれになったところで、CAが停止した

どうやら預けた荷物をピックアップしないといけないらしく、インド人はそこで足止めをくらっていた

自分は持ち込んだバックパックだけだったので、そこはスルーして出国審査に向かうことができた

ゲートに到着したら既に搭乗手続きが始まっていた

自分はなんとか間に合ったが、ピックアップで足止めされたインド人はどうなったんだろうか


そして、ようやくコルカタに着いた

既に11/22に日付が変わっていた

20時間もの飛行機移動は終わったが、実はコルカタは最終日に観光するつもりだったので、そのままムンバイへの早朝フライトを個別に予約していた

搭乗手続きができるまで時間があるので、簡易ベッドを作って寝ることにする

20160301112135609.jpeg




多くの他の旅行者も同じ方法で寝ている

ムンバイに着いたらようやく観光が始められる

結局、最初の目的地であるムンバイまで24時間以上、5回の飛行機を使って到着することになった

世界一周旅行は6/1の韓国行きの船から始める

今から丁度3ヶ月もあるので、ブログの練習として過去のインド旅行について書いてみる



2014年の夏頃、何かのテレビ番組でこんな話がされていた

・日本にキリスト教を伝来したフランシスコ・ザビエルのミイラがインドにある
・ザビエルのミイラは、10年に一度だけ一般公開され2014年はその年である

この番組を見た瞬間、このチャンスに行くしかないと思い、インドに行くことを決めた

それまでザビエルに特に興味は無かったが、10年に1度という稀少さに、かなり意欲をそそられた

調べてみると、ミイラの公開は2014/11/23から1ヶ月半程度とのことだった

スペインで生まれ育ち聖職者となったザビエルは、インドのゴアに派遣されて宣教していた

その後マレーシアのマラッカで宣教しているときに日本人流刑者のヤジロウと出会い、ヤジロウと共に日本で宣教した

その後、中国で宣教中に死亡し、遺体はインドのゴアに返された

というのがかなり適当だが、ザビエルの大体のストーリーだったと思う

そんなことを調べているとザビエルのファンだったような気分になってくる


ミイラはインドのゴアにあるとのことなので、ゴア行きのツアーを調べるとインド南部ツアーの一部としての行き先としてしか無く、そのツアーは20〜30万円もした

そんなに高くなってしまうなら全部自分で手配しようと思い、人生初のバックパッカーをすることに決まった

その時のバックパックがこれ






前年の富士山登山のために買ったモンベルの25lバックパックである

今思うとかなり小さいが、これに衣類と多少の電子機器を詰めてインドに向けて出発することにした

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。